火消し
消防車の鉦の音、ありますよね。
昔はちゃんと鉦をぶったたいていましたね。
さあ、出動だ、って時には勢い良く
かぁんかぁんかぁんかぁん・・・って激しく鳴らしながら、
火事だ火事だあーい、どいたどいたーって雰囲気で
びゅうーんと駆け抜けてゆくのです。
あ、どこかで燃えているんだ、大変だ、て
気持ちにさせられたもんです。
鉦を叩く勢いには、張りつめた緊張感や
命がけの使命感が込められている
そんな気がして、子供の頃のわたしは
緊張して聞いていました。
時には家の窓から赤く染まる夜空や
飛び散る火の粉が見えることもあり、
さっきの消防車はあそこにいるんだ、
今消防士さんが必死で活動してるんだ、て
尊敬と恐怖の入り交じる
何とも言えない気持ちでもって
じーっと見つめていたりしたのです。
あの頃はまだまだ木造の家屋が多くて、
暖房も石油ストーブが中心だったから、
燃えるといえばとにかくめらめらと
燃えていたような気がします。
奇麗だな、と言う気持ちと
凄く恐ろしい気持ちとが入り交じって
背中が冷たくなるような独特の感じを
味わっていました。
やがてお仕事を終えて、
消防署に帰る消防車からは、
かん・・・かん・・・かん・・・という
ちょっと落ち着いた鉦の音が聞こえてきます。
火事は消し止めましたよ、もう大丈夫ですよ。
子供の頃のわたしには、そんなふうに聞こえてきました。
怪我したひと居なかったのかなあ、
お家燃えちゃったひとかわいそうだなあ、
そんなことを考えながら少しほっとして、
でも恐怖感が少し残って、うちが火事になりませんように、と
神様に祈りながら眠りにつくわたしでした。
あれから数十年、いろいろ変わりました。
住む町が変わり、木造家屋が減り、
消防車の鉦の音もサンプリング音になりました。
東京の自宅の近所には消防署があります。
出動していく消防車からは、
キーンキーンキーンキーン・・・という
痩せた鉦の音が聞こえてきます。
時には、風の具合によるものか
チーンチーンチーンチーン・・・と
聞こえることもあります。
わたしがオトナになったせいなのか、
なぜかあの緊張感や恐怖感が、
うすれてしまったような気がします。
火事の恐ろしさは変わらないはずなのに
あのうすっぺらいおもちゃのような
鉦の音を聞いても、あまり切迫した様子に
感じられないのです。
そして帰ってくる消防車のつぶやき。
けぇん・・・・けぇん・・・・けぇん・・・。
・・・・・・・・・・・・
ばかにしてんのか・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・。
不謹慎を承知で言わせていただくなら、
あーあ、終った終ったーぃ。
そんなふうに聞こえてしまうんですよ!どうしても!
つまらなさそうな、というか
ちぇっ・・・ちぇっ・・・みたいなね、
ふざけたような気の抜けたような、音!
・・・・あかんでしょう、それでは。
あかんと思うんです、実に。
なんというか、あの音に含まれていた
たくさんの感情みたいなものが
抜け落ちてしまった、まるで緊張感のない
どーでもいーよーな音、
一応の印のような意味不明の
けぇん・・・けぇん・・・けぇん・・・。
子供の心に与える影響は大きいぞ!
消防士さんだってつまんないぞ、きっと!
寂しい気持ちでいるとおもうぞ!
それとも
それとも
こんなくだらないことに
目くじらたてて怒っているのは
わたしだけなのかああっ!