父の不思議な体験
父が子供の頃のことです。
戦時中、一家は上海にいました。
御存知のように兵隊含めて日本人がたくさんいました。
その人たちのために和菓子を作って売っていました。
以前娼館だった所を建物ごと借りて、
職人さん、女中さん達と一緒に大勢で
暮らしていたそうです。
ある夜、たまたま夜更かしをして
女中さんや職人さん達が集まって
おしゃべりをしている部屋に行ったときのこと。
まもなく午前零時になろうという頃、誰かが言いました。
「今夜も来るかなあ」「来るんじゃないの?」
何となく楽しげに、にやついています。
「誰が来るの?、こんな夜中に」
「しっ、ほら来たよ」「熱心だねえ」
耳を澄ますと、裏の非常階段を誰かが上がっていきます。
やがて最上階に着いたかと思うところで、
足音は途絶えます。続いて重い扉の開く音。
毎晩必ず決まった時刻に聞こえてくるのです。
もちろんそこには誰もいない。
非常扉には内側から鍵がかけられています。
そう、 幽霊です。
昔、この娼館に、とても若くて美しい娼婦がいました。
ひとりの若いドイツ兵が彼女に恋をしたのです。
若い兵士にはお金もなく、
客として足しげく通うことなど出来ません。
それで、夜中にこっそりと逢っていたのです。
裏の階段を上り、最上階で彼女が扉を開ける。
ふたりは深く愛し合うようになりました。
ところが哀しい運命がふたりを襲います。
兵士が戦死してしまい、彼女は悲しみのあまり
自殺してしまったのです。
それからです。夜ごと聞こえる軍靴の音。
さぞや心残りだったのでしょう。
それともこの建物が、ふたりを懐かしんでいるのでしょうか。
足音の正体を知っている人は誰も怖いとは思わないのです。
・・・・・・・
ええ話やのう!
★大木 理紗